持つほどに手放したくなる

グダグダした感じで書いていきたいと思います。

1997年頃にパソコンに出会って、いわゆるパソコンの自作をしたり、ジャンクパーツを集めてきて一台作って喜んだりと、今では「ITコーチ」と名乗っておりますが、元々はただのパソコンオタクだったわけです。

その当時は自宅の机にパソコンを3台くらい並べてモニタ3画面で遊んでみたりして、まあ、スペックが低かったので、メイン、CD-R専用機、サーバ機、などと分けていたのもそれなりに理由があった時代かと思います。

その後、社会人になってからはそんなにパソコン周りに手をかけられなくなったので、なるべくシンプルにシンプルに・・・と、特に結婚当初はノートパソコン1台のみの環境に絞り込みました。それまでに比べたら随分と寂しくなったものですが、身軽な感じがとても気持よかったことを覚えています。

ただ、それだとバックアップに困るということで、モバイルタイプの外付けHDDを購入して、それからフリーになってからは外で仕事もしたいということでネットブックを購入して、それから今回ワーワー毎日騒いでる、このiPhone購入で、パソコン周りがまた賑やかになってきました。この辺りは「どこまでやったら文句を言われるか」という妻の判断基準を伺いながらの戦いであったわけですが、今のところ概ねOKかというところです。

でも賑やかになればなるほど、バックアップとか、トラブル対応とか、手がかかる確率も増えてきます。そこでここ一年ほどはなるべく自分でバックアップを取らないように、クラウドサービスを利用するようにしてきました。

メールはGmail、RSSはGoogleリーダー、スケジュール管理とToDoリストはGoogleカレンダー、データはDropboxとSugarSync、画像管理はFlickr・・・。

理想はパソコンが壊れても、新しいのを買ってきたら、その日からフルラインナップでサービスが受けられるというもの。ですが、特にデータのクラウド化は容量の関係からまだまだ厳しいかな、という気がしています。Dropboxの有料版でも100GBですが、やはり自前でバックアップは取らないといけません。

でも先日、HDDが壊れたとき、いくつか復旧できなかったデータがあったのですが、それはそれでまあいいか、となぜかスッキリしたような気分でした。いっそ全部飛んでしまえば気楽になるのかもしれませんが、あんまし滅多なこと言うもんじゃないですよね。

というところまで書いてきて思い出したのが、最近少し本を読んでいる「セドナメソッド」のことです。感情を「手放す」ことによって幸せな人生を送るという、ややスピリチュアル系のようにも思えましたが、フォーカシング指向心理療法のワークショップに行ったときに体験した「心の実感に触れる」ということと、ほぼ同じなんではないかと思っています。そういう意味では、非常によくわかる方法論ではありました。

まぁそんなわけで、パソコン周りもいろいろ揃えるのは楽しい半面、あまりゴテゴテしてくると面倒の虫が出てくるので、特に「データのバックアップをどうするか」という課題、日々増えてくる子どもの写真を目の前に、当分の間は悩みつつ楽しむのだろうなあと思っています。

特に結論はありませんが、以上、夜中につらつらと。